インクルーシブ・メディア Encouraging Inclusivity in Media -メディアによる包摂と排除-

ノート|03

「認知症」の「価値」を見出す メディアに描かれた存在から、記録し表現する主体へ

松浦 さと子

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当事者が描く認知症高齢者、若年性認知症

団塊の世代が後期高齢者世代にさしかかり、介護家族が、認知症や介護についての情報を集め始めました。彼らは、ネット世代でもあり、ウェブ・サイトやSNSを使いこなす層です。認知症ねっと、認知症オンライン、認知症ちえのわnet,認知症フォーラム.comなどのネット上の情報[5]は充実し、アクセス数が日々増加しています。施設探しや介護のノウハウなど、介護のために必要な情報や体験がネットに蓄えられてきました。医療や福祉の専門家が連なり監修を務めるなど、こうした情報で介護家族は力強くサポートされ、不安を軽減することができます。しかし、これらのウェブ情報は、徘徊(行動)する高齢者を見守ることはできません。見守りには、当事者や介護家族自身が描く「認知症」の在り様が大きな手がかりとなってきました。

ほっこり介護喜劇漫画・映画『ペコロスの母に会いに行く』[6]

認知症の母の介護体験を長男が漫画に描く、それがとてもあたたかい共感を呼びました。夫を亡くし認知症の始まった89歳の母・光江さんを、還暦を過ぎた62歳の漫画家で長男の岡野雄一さん(愛称ペコロス)が見舞いに通います(年齢は当時)。月刊タウン誌の編集長を務めながら、毎号1ページずつお母さんとの対話をユーモラスに書いておられたのを自費出版し、話題になりました。岡野さんは、施設に預けていながら介護というのは縁遠く畏れ多いと述べていますが、認知症の母の今と昔をやさしく描くそのタッチとさわやかな感動が、ネット上での口コミやメディアを通じて広がり、『ペコロスの母に会いに行く』のあとがきにはこのように振り返られています。「その頃はまだ、介護、認知症という言葉が今ほど一般的ではなく、僕はただ『少しずつ忘れていく母』との日常を、オモシロおかしく淡々と描き留めているだけでした」「でも今は、この本が、介護をする人たちの気持ちに寄り添い、少しでも癒やしになれるよう、祈り、願います。忘れることは悪いことばかりじゃない」家族の介護に格闘する人たちに、認知症とどのように向き合えばいいのか、記憶を失いながら生きることにどのように寄り添えばいいのかを、あたたかい長崎弁で語りかけています。

2012年、岡野雄一さんはNHKのハートネットTVに出演し、2013年には映画にもなりました。その翌年、お母さんは91歳で他界、お父さんの元に旅立たれました。

「認知症」を伝えるマスメディアと当事者

「ハートネットTV」 「わたし」が声を上げる

マスメディアで認知症に関する報道が増えたのは、認知症患者の鉄道事故で遺族に損害賠償責任が問われた訴訟がきっかけです。この裁判の一審判決後、家庭内だけで認知症介護をする当時の典型事例が紹介されました。物を忘れていく夫について「周囲の人には、はずかしくて全然言えなかったんです」と妻や娘。当時、認知症初期の介護は家族のみによって担われ、地域社会には開かれていませんでした[7]

その後、2015年、NHK「ハートネットTV」[8]で、「シリーズ 認知症『わたし』から始まる」がスタートします。内閣官房と関係府省庁が2015(平成27)年に発表した「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~」を受けとめたものです[9]

この戦略において、日本の認知症高齢者数は、2025(平成37)年には約700万人、65歳以上の高齢者の約5人に1人に達することが見込まれ、認知症は誰もが関わる可能性のある身近な病気であることを前提としています。すでに主体的に動いていた家族や当事者の動きを支援するようになったメディア。政府の戦略と同期してその姿勢が整えられようとしていました。そして、番組では、政府の主導する「認知症高齢者等にやさしい地域づくりの推進」のための7つの柱のうち、Ⅰ 認知症への理解普及、Ⅳ 介護者への支援、Ⅴ 地域づくりの推進のほか、最も画期的とされた「Ⅶ 認知症の人やご家族の視点の重視」、すなわち当事者性が重んじられるようになりました。

そして「65歳以上の4人に1人が『認知症』とその予備群とされる日本」において「誰もが認知症になり得る時代」とし、不幸な一部の人々の問題ではないこと、認知症を全ての人が共有すべき課題として取り組む姿勢を明らかにしています。さらに「認知症=人生の終わり」という社会のイメージを根本から改め「認知症になっても、最期まで社会の一員として自分らしく生きられる社会」の実現を謳いました。

このNHKの番組は政府主導のものだったのでしょうか。そうではありません。この認知症への関心の高まり、当事者主体への政策転換は、政府よりも早くから認知症患者や介護の当事者が進めてきた活動に根ざしていました。

この番組には、2014年10月に発足した日本初の認知症当事者組織「日本認知症ワーキンググループ」[10]共同代表 藤田和子さんがゲストに招かれています。当事者が声をあげたのは、介護者に向けた情報しかなく、当事者自身に必要な情報がどこからも得られなかったからだそうです。これまで隠すのが当然だった認知症にまつわる様々な情報を得られれば、政策形成にも関わってゆけます。イギリス、スコットランド認知症ワーキンググループの活動を報告、政策決定に認知症の人自身が関わっている様子をモデルに、今後当事者参加は共通認識だと訴えたのです。

当事者たちの主体的な動きに、政府やメディアがやっと追いついてきたのではないでしょうか。海外事例をもとに、認知症の当事者参加で、認知症カフェ、認知症サポーターといった暮らしやすい地域づくりの取り組みが日本でも広がりはじめました。認知症とメディアを取りまく環境は変わってきています。

現在、NHK認知症キャンペーンのサイトに、当事者たちの発言や活動の映像がアップされています。日本では「認知症=何もわからなくなる」と受け止める人がまだ少なくないために、前向きな当事者の発言や活動は大きな励ましになっていることでしょう。「認知症になったあなたの声を募集します」との呼びかけに応えてスタジオに登場し、メッセージを寄せています。

「不便はあるが、不幸ではない」というのは51歳のときに診断された佐藤さん、「認知症になっても、人生は楽しめる」と快活にスポーツに打ち込むのは40代で認知症と診断された石川さん、次々と認知症の本人たち自身が、自ら声を上げはじめているのです[11]

認知症となった母と介護する娘を撮影し続けたドキュメンタリー映画

「恍惚の人」から40年以上を経て、当事者がかかわる映画が生まれています。近年、話題となったのは、認知症の母と介護の家族を描いたドキュメンタリー映画、「ボケリンママリンの観察日記」[12]にその日常が記録されています。

「徘徊(はいかい)~ママリン87歳の夏~[13]」は2015年の公開から全国約150カ所で公開されるヒットとなりました(毎日新聞2017.4.20)。これは、認知症と診断された母、酒井アサヨさん(89歳・記事掲載当時)を大阪の自宅に引き取った長女章子(あきこ)さん(58歳・記事掲載当時)の母娘の暮らしを追ったドキュメンタリー映画です。昼夜の別なく、4年間に1338回、1730時間、1844キロの距離に及んだ徘徊は深刻に思えますが、それを隠さないことに覚悟を決めた章子さん。田中幸夫監督が映画化することになり、悲劇ではない笑い飛ばせる認知症が描かれ、噛み合わない関西弁の親子の会話が観客の爆笑を誘ったそうです。(次章で詳述しますが、このころは、「徘徊」という言葉が頻繁に用いられていました)

認知症となった母を撮影し続けた女性ディレクターのドキュメンタリー番組

2017年に注目されたのは、フジテレビの女性ディレクター信友直子さん(55歳・放送当時)が両親を案じ帰省するたびに「私的に」撮影した映像をまとめたドキュメンタリー番組[14]「ぼけますから よろしくお願いします。~私が撮った母の認知症1200日~」です。広島県呉市の実家で認知症となった母(88)と介護する父(96)の老老介護、そして東京で働く娘。2016年の国民生活基礎調査[15]によると、「老老介護」の世帯の割合が54.7%に達したといいます。番組はデイリーニュースや情報番組「Mr.サンデー」、BSフジでも放映され、介護生活に直面する視聴者に共感と理解を提供しました。東京に戻るバスや新幹線のなかで介護離職が浮かぶこともあるのでしょう、頼りになる介護のプロが両親を支えている様子が描かれ、苦悩と希望を重ねながら筆者も番組を見ていました。ドキュメンタリーによって描かれた認知症と介護生活が、視る人を励ましています。

連続テレビドラマに描かれた認知症 『やすらぎの郷』

2017年には高齢社会や認知症を描いたテレビドラマが話題となりました。新たにテレビ朝日が昼間帯ドラマとして開拓した枠で放映され、倉本聰さんが演出した『やすらぎの郷』[16]という連続ドラマです。舞台はテレビ創世記を支えた演出家、俳優ら「業界」の人々が入居していると想定された超高級高齢者施設。現実に高齢となった、すなわち「高齢社会の当事者」である複数の著名俳優たちが、認知症を患ったと思われる高齢者をも演じました。

風吹ジュンさん、有馬稲子さん、八千草薫さんらによって個性豊かに演じられた認知症の症状はひとりひとり異なり、認知症を患う高齢者自身の個性や人生が多様であることを表現しようとしていました。ドキュメンタリーではないので、多少キレイな演出になっていても仕方ないのですが。

ただ、このようなドラマの試みは、商業広告のターゲットとして相当数を占める高齢者のために政策されていたことも想像できます。スポンサーにとって団塊の世代は魅力的な層です。在宅高齢消費者向けのスポンサーを放送局が意識し続けることは、高齢者や家族のドラマの描かれ方にも影響することを受け止める必要があるでしょう。

思い出のお手伝い 「回想法」のためのアーカイブ

「なつかしい物や映像を見て思い出を語り合う回想法[17]は、高齢者の認知症予防や認知症患者の心理療法、リハビリテーションに活用されています。」NHKアーカイブスの「NHK名作選みのがしなつかし」のサイトには「回想法」がこのように説明されています。テレビは昭和28(1953)年、NHKが2月1日に、日本テレビが8月28日に本放送を開始し、その頃子供時代を過ごした高齢者あるいは介護者は、さぞかしテレビっ子だったのではないでしょうか。

「NHK 認知症ともに新しい時代」のサイトは、アーカイブス会員の視聴者が無料で過去の番組を見ることができ、認知症のお年寄りは『ジェスチャー』『君の名は』といった著名な番組で当時の出演者を思い出すことができると紹介しています。

このように、「回想法」で利用できるよう施設や家族に番組アーカイブを開いたことで、公共放送が身近に感じられます。テレビの歴史は、テレビ世代の高齢者の人生と重なっているのでした。